A Night in a Kominka
築120年の家で過ごす、到着から朝食までの記録
Slower Hours
「古民家の宿に泊まってみたい」と思ったとき、いちばん知りたいのは、たぶん建物の年代や工法ではありません。泊まったら、どんな時間になるのか。夜は何をして過ごすのか。朝はどんな気分で起きるのか。そういうことだと思います。
このページは、その部分だけを書きます。北海道・厚真町の森にある「森のオーベルジュ 三(みつ)」の一夜を、到着から朝食まで、時間の順にたどります。
建物そのものの話——富山から移築された家であること、金物に頼らない工法で組まれていること、欄間の彫刻が当時のまま残っていること——は築120年の古民家に泊まるページにまとめています。ここでは、その家のなかで人がどう過ごすかだけを書きます。
時刻は、チェックイン15:00、夕食18:00、朝食8:30、チェックアウト10:00。この19時間が、どんなふうに流れていくか。
先に結論を言うと、古民家の一夜は、時計とちがう速さで進みます。予定を詰められないからです。館内に売店もなく、部屋にテレビもなく、外に出ても森しかない。できることが少ないぶん、ひとつひとつが長くなります。それを退屈と感じるか、贅沢と感じるか。ここが、この宿が向くかどうかの分かれ目です。
Arrival
森の入口に車を停めて、荷物を降ろします。ここまで来る道は畑と林ばかりで、宿の看板が見えるまで「本当にこの先にあるのか」と少し不安になる——という感想を、よくいただきます。
古民家に入って最初に来るのは、匂いです。木と、土と、少しの煙のような匂い。新しい建物では嗅がない匂いで、これは説明されるより先に鼻でわかります。100年を超えて使われてきた木が、そのまま壁と柱になっているからです。
次に来るのが、音の変化です。引き戸を閉めた瞬間、外の音がすっと引きます。かわりに、床のきしみや、遠くの鳥の声が聞こえるようになる。耳のほうが先に、ここが静かな場所だと気づきます。
チェックインは15:00から。手続きを終えると、その日はもう予定がありません。夕食が18:00ですから、3時間まるごと空いています。この「何もない3時間」が、古民家の宿のいちばん贅沢な部分かもしれません。
Late Afternoon
部屋に落ち着いて、まずやることは、たいてい窓を開けることです。大きな窓のすぐ外が森なので、開けると空気ごと部屋が入れ替わります。木々のざわめきと、鳥の声。それ以外に何も混ざりません。
障子のある部屋では、光の変わり方が見えます。午後の光は白く、それが少しずつ黄色くなり、やがて青くなる。障子は光を紙一枚で受けるので、外の明るさがそのまま部屋の色になります。夕方の1時間、部屋の色が刻々と変わっていく。これは、古い家に泊まらないと気づきにくいことのひとつです。
17時ごろ、湯を張ります。全室に信楽焼の五右衛門風呂があり、そこに熊笹やカモミールなど季節のハーブをブレンドして浮かべます。自分で配合を決めるので、湯の香りは毎回ちがいます。
この湯は温泉ではなく、沸かし湯を張った内湯です。源泉ではありません。それでも、森を見ながら陶器の湯船につかる時間は、旅の疲れをほどくのに十分です。詳しくは森のめぐり湯のページに書いています。
風呂から上がるころには、外はだいぶ暗くなっています。夕食まであと1時間。この時間に、持ってきた本を開く方が多いようです。
Dinner
18時、食事の席へ。1日3組ですから、食卓は多くても3つです。声を張らなくても話ができる音量で、店内のBGMに負けることもありません。
料理は、厚真の食材でつくる和創作のおまかせコース。一皿ずつ出てくるので、食べ終わるまでにそれなりの時間がかかります。急いで食べる理由もありません。日本酒や余市のワインを合わせながら、ゆっくり進みます。
食べているあいだ、視界の端にはずっと古い柱と梁があります。120年ぶんの色と艶がついた木です。これがあるのとないのとでは、同じ料理でも食卓の重心がちがう——というのが、泊まった方からよく出る感想です。料理そのものの話はお食事のページに、食材の背景は厚真の食材のページにまとめています。
外はもう真っ暗です。窓の外に街の灯りがないので、暗さの質が街とちがいます。食事の途中でふと外を見ると、暗いというより、何もない。それを見てから皿に目を戻すと、明かりの下の料理がやけに濃く見えます。
Night
ここが、いちばん質問の多い時間帯です。客室にテレビがないので、「夜、やることがなくて困りませんか」と聞かれます。
結論から言うと、最初の30分はたしかに手持ちぶさたです。テレビをつける動作が習慣になっている人ほど、手が空きます。ところが、その30分を越えたあたりで、やることが自然に出てきます。
いちばん多いのは、部屋で飲むことです。余市のワインと北海道のチーズを、好きな音楽をかけながら。夕食のあとにもう一度、静かに飲みなおす時間です。
次に多いのが、話すことです。テレビも通知もないと、会話が途切れても気まずくなりません。沈黙が沈黙のまま置いておける。だから、ふだんの家では出てこない話が出てくる、と言われます。
それから、何もしない人もいます。窓ぎわに座って、暗い森を見ている。古い家は、何もしていない人を落ち着かなく見せません。柱にもたれて座れる場所がいくつもあるからだと思います。
22時ごろになると、眠くなります。目覚ましもテレビもない夜で、聞こえるのは風が枝を揺らす音だけ。眠りにつくというより、眠りのほうに引かれていく感じです。
Morning
目が覚めるのは、たいてい7時ごろです。目覚ましをかけなくても、この時間に起きます。障子ごしに光が入ってきて、部屋が白くなるからです。あわせて、鳥の声が増えます。
古民家の朝でおもしろいのは、明るくなり方が段階的なことです。障子は光をやわらかく散らすので、外がいきなり明るくなっても、部屋のなかは静かに明るくなる。カーテンを開けた瞬間に日が射しこむ朝とは、目の覚め方がちがいます。
起きたら、もう一度湯を張ります。夜と朝で、同じ風呂の景色がまったくちがいます。夜は窓の外が真っ暗で湯船の内側だけを見ていたのが、朝は森が全部見えている。同じ場所で二度楽しめる、というのが部屋付きの風呂のいいところです。
朝食は8:30。それまでの1時間半が、この滞在でいちばん静かな時間かもしれません。宿全体がまだ動き出していない時間帯です。
Breakfast & Departure
朝食は和朝食です。土鍋で炊いた「ななつぼし」、平飼い卵の出汁巻き、削りぶしでつくる出汁茶漬け。ごはんの湯気が上がるところから始まるので、席についてすぐには食べ始められません。それも含めて朝食です。
食べているあいだ、朝の光が食卓に入ってきます。夜の食卓は明かりの下の風景でしたが、朝は外光の風景です。同じ部屋で、二度ちがう景色を見ることになります。
チェックアウトは10:00。朝食が終わってから1時間ほど残るので、荷造りをしても時間が余ります。多くの方が、最後にもう一度だけ外に出ます。朝の森は、夕方の森より音が多いのです。
10時に引き戸を開けて、外へ。ここまでが19時間です。長かったかというと、たいていの方が「短かった」と言います。予定を詰めなかった一夜のほうが、あとから思い出す量が多い。それが、古民家の宿に泊まったあとに残る、いちばん不思議な感覚だと思います。
この流れを時刻表の形で見たい方は過ごし方のページを、翌日どこへ向かうかは周辺観光をご覧ください。新千歳空港までは車で約30分です。
FAQ
Q. 夜、退屈しませんか?
客室にテレビはありませんので、最初の30分ほどは手持ちぶさたに感じる方が多いようです。そのあとは、部屋での晩酌、会話、読書、窓辺で何もしない時間、と自然に落ち着いていきます。予定を詰めたい旅には向きませんが、それを目的に来ていただく宿です。
Q. 古い建物ですが、快適に過ごせますか?
暮らしにふれる部分は現代の設備に整えています。水回りは新しくし、全室に内湯の五右衛門風呂を備えました。一方で、木や土の質感、静けさといった古民家ならではの空気はそのまま残しています。真冬など季節によっては現代の住宅ほど気密が高くない場面もありますので、暖房を入れてお迎えします。
Q. 到着から出発まで、時間はどれくらいありますか?
チェックイン15:00、チェックアウト10:00で、19時間の滞在です。夕食は18:00、朝食は8:30。その前後はすべて自由な時間です。館内に売店や外食の場所はありませんので、飲みものなどご希望のものは道中でお求めいただくと安心です。